7月の読書

7月に読み終えた本はゼロ。開いては続かず別の本を開いてもまた続かずという感じでまったく手につかなかった。気もそぞろ、と書いてそういえば正確な意味を知らないと思って調べてみたら「あることに心を奪われて落ち着かないさま」とあるので、なんとなく集中力を欠き手につかない状態を指す言葉ではないのかもしれない。7月はなんとなく集中力を欠き手につかない状態で1冊も読み終えることができなかった。かわりにいま読もうとしている、すぐに読みたいと思っている本を書いておこう。

『花殺し月の殺人』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の邦題で10月に映画が公開される。先祖伝来の地を奪われ半ば強制移住させられた土地から石油が出てアメリカで最も裕福ともいわれたアメリカ先住民のオセージ族が連続殺人の被害にあった事件のノンフィクション。

『迷いの谷』
創元推理文庫平井呈一怪談翻訳集成シリーズの1冊。なんとなく「怪奇小説」とよばれるものを読みたい気分になったのと表紙が気に入って購入。

『笑いと忘却の書』ミラン・クンデラ
以前読んだ本(思い出せないが)で引用されていて気になっていた本なのだが、訃報を聞いたタイミングでなんとなく購入。ほんとうに「なんとなく」でやることが多い。

なんとなく集中力を欠き手につかない状態だった原因になるかもしれないことのひとつは勤務先のシステム変更がマイナンバー保険証のごたごたを連想させるごたごた状態でストレスが高まっていたことだった。さいわいなのか不幸なのかわからないがやはり利益を追求する企業としては問題だらけのシステムをごり押ししても損失が発生するだけという判断が働いたのかそれとももうなんかお話にならない不具合があったのかともかくいったん延期となり一息ついている。先送りになっただけかもしれない、おそらく追加予算をどーんとはずむわけもなく(そもそもの問題は当初予算を相当にケチったからなのではと疑っている)、再設定された日程の間際にまた同じことをやっているかもしれない。

もうひとつはa service formerly known as Twitterのごたごたである。コミュニケーションツールとしてではなく情報収集の手段として使っていた身にとっては、閲覧数が制限されたり、検索が機能的にどんどん信頼できるものではなくなっていったり、その頼りない検索結果にはモデレーションが機能しないことで差別や暴力的発言が含まれる割合が高くなっていったりというイーロン・マスク由来の問題はあまりにもストレスが高い。加えて性差別・ホモフォビアの扇動的発言を繰り返し人身売買などで逮捕もされているYouTuberだかなんだか知らないアンドリュー・テイトの凍結されたアカウントを復活させてなおかつ相当額の広告収益の分配も始めた。自分がサービスを使うことで広告主の餌となり、差別主義者の生活を支えるなどというのは耐えがたい。マスクが日々思いつきのように愚策を繰り出すので、本格的にTwitterを離れる方法を考えながらイライラしつつ嫌だ嫌だと言いつつなんだかんだとふだんよりむしろTwitterばかり見ていた気がする。

Twitterのもっとも便利で意味がある機能はやはりリアルタイム検索と、検索結果をリアルタイムからいちばん古いポストまで時系列で見ることができる点なので、閲覧数を制限され検索語の特に日本語の形態素解析がなんだかどんどんだめになっている(たとえば名詞1語で検索しても出ないが助詞を足すと出たりする)時点で相当有用性が下がってしまうのだが、それでもこれだけの数の個人と企業が使っていてアカウント横断のいわば串刺し検索ができるようなサービスは他にはないので、離れるといっても容易ではない、特に自分のような検索好きには。Twitterを使わずに本や映画や諸々の情報を探す方法がわからない。いまなんとか試行錯誤してみているが、10年以上Twitterに依存しすぎているのですぐには満足のいく代替方法は見つからないだろう。新しい自分のシステムを作らなければならない。

現時点でTwitterに最も近いであろうマストドンを試してみているが、もっと人が増えないと自分の用途には単体では足りないし、足りたとしてもTwitterでまかなっていたことをそのままマストドンでというのも結局同じ脆弱性があるのではという迷いもあるし、何よりマストドンは基本的に個人が立てたサーバーにお邪魔している形なので(よくは理解できていないが)、何らかの理由である日閉鎖される可能性はある。現にLGBTQ+の人たち向けのあるサーバーは嫌がらせに耐えかねて閉鎖された。Twitterからの流入が増えた結果の出来事かもしれず、ほんとうにやりきれないが。ある程度の数の人間が集まってしまった場合、人間の善性にたのむしかないシステムにはどうしたって限界があるのだろうか。乗り越えるにはどうしたらよいのだろう。

また政治、人種、性的指向ジェンダーアイデンティティ、障害などさまざまな理由でTwitterが生存の綱となっている人たちにとっては、閲覧数の制限や検索の不具合は死活問題となりうるし、重要なライフラインが差別や暴力が横行する場となるのは恐怖だし、「信条としてTwitterはもう使わない」などという選択肢が存在しない人がいることを考えると、情報収集という自分だけののんきな話などどうでもいいことではある。マスク以前のTwitterにしても別にとてもよい場所というわけではなかったし、ビッグテックが力を持ちすぎていることも深刻に有害である、それでもTwitterが生存のための重要な場となるなら、その場を最低限どうにかこうにか機能させなければならないのだが、そのためにはマスクをなんとかせねばならず、その方法はわからない。