12月と1月の読書


モーリス (光文社古典新訳文庫)モーリス (光文社古典新訳文庫)
読了日:12月08日 著者:E・M・フォースター

 

アキレウスの歌アキレウスの歌
読了日:01月21日 著者:マデリン ミラー,Madeline Miller

 

12月と1月はそれぞれ1冊ずつ。

E.M.フォースター『モーリス』初読(映画も未見)。映画が公開された頃の日本での受容のされ方が雑誌スクリーンがやっていた(今も?)"英国"俳優ランキング的なものと同種の、裏返しのレイシズムあるいはホモフォビア的なものだったのもあって遠ざけたきりだったのだが読んでよかった、おもしろかった。とはいえやはり階級の上層にいる者のある種の自己憐憫アンチヒーロー的夢想にすぎないと言われれば反論の余地はないと思う、同性愛が犯罪だった時期の当事者であったとしても。という点に留意しつつも手放しでよかったのはハッピーエンドであること。1960年に書かれた巻末の著者はしがきでハッピーエンドであることは必須でそうでなければ書き始めなかったとある。
この著者はしがきが非常におもしろく、『モーリス』の執筆は1913年に始めてその後も手を入れ続けていること、友人たちに読んでもらい論評を得ていること、何の影響を受けたか、モデルがいること、同性愛が違法でなくなるまで出版はできないだろうことなどが綴られている。モーリスと最後に恋に落ちる労働者階級のアレックにはモデルはおらず人生を想像することもできなかったというのは著者自身が特権階級だったことによる当然の限界でもあり、階級を超えた愛みたいなものにも傲慢さがどうしても拭えない所以でもあると思う。イングランドで同性愛が違法でなくなったのは1967年、『モーリス』刊行はフォースターの死去翌年の1971年だ。しかし出版をひとまず念頭に置いていなかったからこそ明示的な同性愛表象が実現しているのかもしれない。これが出せる世になるまで待とうとしたことにはクリエイターとしての矜持のほかにもちろん保身(非難の意味ではない)の部分もあっただろうし、何重にもシステムはクソという話である。

アキレウスの歌』は原書で読んではいた(感想はこちらに)のだが念のためというか、自分の英語読解力に全幅の信頼が置けるわけではないので、図書館で借りて読んでみた。よい翻訳なのでぜひ。

 

イスラエルが南に避難しろといっておいて避難民が押し寄せているガザ南部140万人に対して大規模爆撃を開始したとのニュースが今日入ってきた。これほどまでの凶行をこれほどまでに止められないのは、欧米列強(という言葉を歴史の教科書から今の現実に引っ張り出してきてもよいだろう)の利害がイスラエルと一致しているからであり、そして何よりも人種差別である。帝国主義植民地主義

自作海外文学B’フィードのリスト

Blueskyで自作(流用)した海外文学B’フィードのリストです。自分の好みに全振りしており、いわゆるSF作家、ロシア文学シェイクスピア、クリスティ、ドイル、ゲーテカフカなど文学以外の複数ジャンルでの言及が多いものを含んでいません。ALTテキストも検索対象。随時更新

カタカナフルネームでそのままソートしたので見づらいかも。

E・M・フォースター
J・G・バラード
J・M・クッツェー
W・G・ゼーバルト
アーシュラ・K・ル=グウィン
アドルフォ・ビオイ=カサーレス
アリ・スミス
アルベルト・マングェル
アレグザンダー・チー
アレクサンダル・ヘモン
アレホ・カルペンティエル
アン・クリーヴス
アントニオ・タブッキ
アンナ・カヴァン
イーユン・リー
イェイツ
イスマイル・カダレ
ヴァージニア・ウルフ
ウィリアム・フォークナー
エドゥアール・グリッサン
エリック・マコーマック
オクタビオ・パス
オクテイヴィア・E・バトラー
オスカー・ワイルド
オルハン・パムク
ガブリエル・ガルシア=マルケス
カレン・テイ・ヤマシタ
キャサリン・レイシー
ギョルゲ・ササルマン
クリストファー・プリースト
コーマック・マッカーシー
ゴア・ヴィダル
コルソン・ホワイトヘッド
サイディヤ・ハートマン
ジェームズ・ボールドウィン
ジェイムズ・ジョイス
ジェスミン・ウォード
ジェフリー・フォード
ジャック・レダ
ジャネット・ウィンターソン
ジョージ・ソーンダーズ
ジョイス・キャロル・オーツ
ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ
ジョゼ・サラマーゴ
ジョセフ・コンラッド
スザンナ・クラーク
スティーヴン・ミルハウザー
タナハシ・コーツ
タン・トゥアンエン
チョン・イヒョン
デイヴィッド・マークソン
デイヴィッド・ロッジ
ドゥブラヴカ・ウグレシッチ
ドナルド・バーセルミ
トニ・モリスン
パオロ・コニェッティ
パーシヴァル・エヴェレット
パトリック・マグラア
ハニヤ・ヤナギハラ
ハン・ガン
フアン・パブロ・ビジャロボス
フェルナンダ・メルチョール
フェルナンド・アラムブル
フェルナンド・ペソア
フラナリー・オコナー
フリオ・コルタサル
ベンハミン・ラバトゥッツ
ヘンリー・ジェイムズ
ホセ・ドノソ
ホセ・レサマ=リマ
ホルヘ・ルイス・ボルヘス
マーサ・ウェルズ
マデリン・ミラー
マリアーナ・エンリケ
マリオ・バルガス=リョサ
マルセル・プルースト
ミシェル・ウエルベック
ミラン・クンデラ
ミルチャ・エリアーデ
モアメド・ムブガル・サール
リチャード・パワーズ
リュドミラ・ウリツカヤ
ルシア・ベルリン
レイナルド・アレナス
ローベルト・ゼーターラー
ロベルト・アンプエロ
ロベルト・ボラーニョ
莫言
陳思宏
木原善彦
澤田直
柴田元幸
鼓直
宮﨑真紀
柳下毅一郎
柳瀬尚紀
柳原孝敦

時間対効果

「タイパ」という言葉を見聞きするようになったのはかなり最近なのだが、物事に対してわりとせっかちな私がちょうどそれとは逆のことを試そうと思っていたところだったので少し書いてみることにした。ちなみにGoogle Trendsで見ると「タイパ」が検索語に目立ってきたのは2022年の夏。だからどうということもないのだが、何?と思った人が出始めたのが1年半ほど前という感じのタームだ。文脈を読めば多くの人がすぐに「コスパ」から連想できる言葉と思われるので、おそらくこのずっと以前から使用例はあるだろうし、取り立てて「タイパ」と言わずとも「コスパ」に同様の意味合いが含まれている場合も多かっただろう。ふたたび、だからどうということもないのだが。

Google Trendsで「タイパ」を調べたグラフ。2022年8月22日〜9月3日時点を境に上昇、2023年6月末をピークに下降

なんで私がこれとは逆のことを試そうと思ったのかというと、もしかしてすでに書いているかもしれないのだが、本を第一言語である日本語で読んだときと学習言語である英語で読んだときとで頭に残っている記憶の濃さが段違いだということに気づいたからだ。英語では読むスピードが遅く、知らない単語を調べる必要があるし、意味が取れない文章は意味が取れるまでしつこく読んだりするので、そうやって時間をかけて読んだ方が私の場合はよく理解でき記憶にも残りやすいということなのだろう。日本語の小説だとだいたい1時間80ページ、読みやすければ100ページぐらいの読書スピードだったのだが、それは結局そのペースで読めるというよりも早く読んでしまいたい速度でしかなかったんじゃないか。「タイパ」に急かされて楽しみを半減か何減かしてきたのではないか。

子供の頃から疑問はすぐに何かしらで調べようとしがちで、たくさんの知識をできるだけ速く吸収したい欲が強い方だったが、Kindleを買ってから、そしてSNSに書くようになってからそれが強まったと思う。Kindleでは進捗を表示させることができる。読み終わるまで何時間、これと競うようにして読むようになってしまい、「タイパ」という言葉は知らなかったが同じ意味のことを頭では考えていた。進捗表示の弊害にはもう少し前に気づき、この数年は%表示のみにしている。何も表示させないこともできるが、今どのへんを読んでいるかは紙の本では自明なので電子でもそうしている。

それでも今読んでいるこの本を早く読み終わりたいという急いた気持ちは消すことができなかった。月に○冊ぐらいは読みたいとか、2日でこれを読み終わりたいとか、早く読んで感想を書こうとか、そういうことを考えることが多かった。なぜだろう、読みたいと思った本を読んでいて、おもしろい、好きと思える作品もたくさんあり、読書は楽しんでいるのだが、本を読んでいるあいだ頭のどこかでは「タイパ」的な性急さがはびこっている感じがいつもある。

この性急さから距離を置きたい、置こうと思ったのは年末。英語の方が記憶に残ることに気づいたのはおととしなので1年ほどぐねぐねとしていた。日本語で読むときも朗読するようなスピードで。行きつ戻りつするのもよい。詩のようなリズムを勝手に作って読んでもよい。章の区切れで一呼吸かもっと置く。ひと月、1年に読む冊数が減ってもよい。読む1冊の体験を分厚くしたい。と思いながら今ゆっくりとモアメド・ムブガル・サール『人類の深奥に秘められた記憶』を読んでいる。

が、読書をもっと堪能しようという話とは別に、なにやかにやと気が散ってなかなか読書に取りかかれない問題は依然あるのだった。

2023年のまとめ

2年前から1年のまとめを書いていて、見ると年内にやっているので滑り込みで書くことにした。今年は最終四半期まるまる毎日パレスチナのガザや西岸地区でのイスラエルの残虐行為を見続けており、国際社会の毅然たる植民地主義的、人種差別的なジェノサイド容認態度(各国でイスラエル批判の声を上げた人たちがどのような扱いを受けているかを見れば毅然たるとしか言いようがない)に怒りでいっぱいになっていて、なんだかあまり気乗りがしないというところはある。即時恒久の停戦を求める。以下箇条書きで思い返してみたい。

・5月頃に安くなった2023年の日記帳を購入してデイリーで日記を書く試みを始めた。来年分も購入済み

・8月に足の小指を剥離骨折した。スリッパを変に引っかけてしまい指が曲がった状態で踏んだことによる。中年になると自宅が危険でいっぱいになるのかもしれない。皆様もお気をつけて

・8月末にTwitterアカウントが凍結された。生活の基盤みたいになっていたので調子が狂ったものの現在はkpopの趣味アカだったところを使って復帰。その時にはBlueskyも始めていたのでしばらくそちらに重点を置いていたが、なんだかんだでやはりTwitterメインに戻ってしまった。情報がどうしてもTwitterに偏っているので仕方がない。ガザの状況などもおそらく他のSNSだけだと難しいかもしれない(プラットフォーム横断で流してくれる人がたくさんいるもののたぶん大元のソースはほぼTwitterと思われる。即時性の高さが段違い)

・9月今度は手の小指の靱帯を痛めた。なんということのない日常動作で小指がついてこず、外側にぐいっと曲がってしまったという感じ。しばらく簡易的なギプスをつけて今はいちおう支障はないが関節の痛みが残っている。ギプスの間動かさなかったせいかもしれないのでなにかハンドグリップでも握って意識して使うようにするべきか

・12月に椎間板ヘルニアが20年ぶりぐらいで再発。どうもならん。もともと運動をしないのにコロナで筋力不足が仕上がってしまった感がある。今から私にできる運動は歩くことぐらい。皆様もお気をつけて

・今の勤務先で5年、初めて賃金交渉をした。まだ結果はわかっていない。賃金を上げろ

・今年は音楽をほとんど聴かなかった。ベストをあげられないとかのレベルではなくゼロ。理由はわからない、たまにはと思ってイヤホンをつけ何かを選んでもなんとなく耳障りでやめるということが続き、結局暮れになっても変わらなかった。Outkastとシャン・チーのサントラだけはまれに聴いていた

・観た映画58本、観たドラマ22作33シーズン、読んだ本約40冊、観た舞台(NT at Homeで)2本。SNSにはすでにあげたとてもよかったものは以下(今年リリースに限らない)。本はこのブログで何かしら感想を書いているはず。ドラマが英文ばかりなのは邦題が台無しで書きたくないから。それぞれベストを1つあげるとすればウィークエンド、A League of Their Own、オーバーストーリー。ドラマは4作ともオールタイムベスト級にすばらしく、これが観られるだけでいい時代になったなと思える(世界各地の国家による残虐行為、トランスをはじめとするさまざまなマイノリティへのバックラッシュなど今現実に起きていることを考えると軽率かもしれないがそれでも)。という角度からは大いなる自由、ウィークエンド、異人たちをこの順番で観るのもよいと思う。異人たちは来年4月に公開でウィークエンドもやっと配信に入ったが、大いなる自由はBunkamuraが買い付けて本国公開から2年後にやっと日本公開になったもので、配信なりソフトなりで観られるようになるのかならないのか不明。すばらしい作品なので何らかの形で鑑賞可能になってほしい

映画
大いなる自由
ウィークエンド
ニモーナ
ボイリング・ポイント/沸騰
幻滅
イニシェリン島の精霊
異人たち
エイリアンとの交信を追い求めて(Netflixのドキュメンタリー)

ドラマ
A League of Their Own
Our Flag Means Death S2
ゴーストS1 (日本ではS1しか観られない!)
What We Do In The Shadows S5


安堂ホセ『ジャクソンひとり』
ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』
T.J. クルーン『セルリアンブルー 海が見える家』
リチャード・パワーズ『オーバーストーリー』
マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』
ベンジャミン・アリーレ・サエンス『アリとダンテ、宇宙の秘密を発見する』
Madeline Miller, The Song of Achilles

舞台(2作しか観ていないが…)
Best of Enemies

・来年はもう少し集中して本を読みたい。と毎日思っている。読みたい気持ちは強いのに不思議なものだ。舞台ももう少し。昨年に来年は舞台を観たいと言っていたのでとりあえず着手したのはよかったし、Best of Enemiesはほんとうにおもしろかった。詳細は北村紗衣さんのブログを参照してほしい。ほんとうは映画館で日本語字幕がつくナショナル・シアター・ライブを観に行ければよいのだが、時間が合わない・劇場が遠いなどで難しい

とにかく面白い歴史もの~『ベスト・オブ・エネミーズ』 - Commentarius Saevus

・いつもどおり観たり読んだりし、フィジカルをあちこち痛めたりしつつもまあ大事にはならず今年も1年なんとか過ごせたと思う。一般に30を過ぎると、40を過ぎるとガクンと身体にガタが、などとよく言われるが私の場合は50を過ぎてあちこち来ている感じがする。年齢よりもコロナ禍の極度の運動不足が覿面に効いているのかもしれない。さいわいなんとか使えている身体なのだから、これからもなんとか過ごせるように最低限の筋力をつけたい

11月の読書

読んだ本の数:7
読んだページ数:2086

ピュウピュウ
読了日:11月02日 著者:キャサリン・レイシー
ウェンディゴウェンディゴ
読了日:11月02日 著者:アルジャーノン・ブラックウッド
花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生花殺し月の殺人――インディアン連続怪死事件とFBIの誕生
読了日:11月04日 著者:デイヴィッド グラン
迷いの谷: 平井呈一怪談翻訳集成 (創元推理文庫)迷いの谷: 平井呈一怪談翻訳集成 (創元推理文庫)
読了日:11月08日 著者:A・ブラックウッド他
秋 (新潮クレスト・ブックス)秋 (新潮クレスト・ブックス)
読了日:11月10日 著者:アリ スミス
ストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作するストーリーが世界を滅ぼす―物語があなたの脳を操作する
読了日:11月21日 著者:ジョナサン・ゴットシャル
検察側の証人 (クリスティー文庫)検察側の証人 (クリスティー文庫)
読了日:11月28日 著者:アガサ・クリスティー,加藤 恭平

ガザの惨状を見続けて心が重い。イスラエル批判イコールユダヤ人差別のわけなどあるはずもないのに世界の趨勢に影響を及ぼす力を持つ欧米諸国のほとんどはそれを恐れて未曾有の虐殺を認めているが、それもパレスチナが白人の国ではないことが大きな要因なのだと思う。基本的人権は無条件に保障されるもの、差別は許されないという理解がわずかずつではあっても拡がり続け、100年前、50年前、30年前、20年前より社会はわずかずつではあってもましになり続けていると思えていたが、白人の人種差別はこんなにも根強く、あたりまえのように非白人を劣った存在と、人権が守られなくても致し方ないとみなしているのだと実感させられる。知ってたという徒労感と、いまだにそうなのかという戸惑いが入り混じっている。

今月の読書はとりとめもなく手に目に触れたものを読んだという感じ。何年ぶりかわからないぐらいの久しぶりに地元書店の店頭で気まぐれに買った『秋』と『ピュウ』、それほど好みとはいえないが脳か心の気づかぬどこかの肥やしになってくれるだろう。

欲しいと思ったらすぐ欲しいという性分が強く、恥ずかしながら本の購入はアマゾンを使うことが多かったのだが、この2冊を店頭で買ったときに、読みたい本はウィッシュリストに入れておき書店で現金で買うことにしようと心が決まった。これもTwitterアカウント凍結を機に感覚が変わったのことのひとつ。hontoに頼んだハードカバーがサイズギリギリのプチプチ封筒で届き角3箇所がみごとに潰れていたということがあったり、アマゾンの方は地域的な事情なのか(たとえば配送センターから遠いとか?)過剰なぐらい厳重にダンボールで届くことがほとんどだったのだが、直近で頼んだ本がクラフト紙袋にダンボールの板を1枚入れたものに裸で来たりしたのも通販にためらいが出た要因ではある。そういえばhontoは今のサイトでは紙の本の販売を来春終了するらしい。まだよくはわからないが別途丸善ジュンク堂の通販サイトを作るっぽいのでチャンネルが減るわけではないのかもしれない。が識者によればhontoの書誌情報は比類なきものだったらしく、またアマゾンでは扱わない小規模出版社をhontoは扱っていたそうで、やはり心配だ。

年単位で「怪奇小説」というジャンルにほのかな興味がありながらなんにも(文字通りなんにも)読んでこなかったのをようやく着手してみたのだが、どうやらジャンルとしては好きではないのかもしれず、たぶんこれ(『ウェンディゴ』と『迷いの谷』)でいったん終了にすると思う。『ホラーの哲学』を離脱したときに少し書いたがやはり「よくわからないものを恐怖する」という心性は差別や排除とひとつづきのものと思えるのと、いわゆる怪奇小説が多く書かれたのが性差別・階級差別があたりまえの時代なので論文を書くとかではない単なる楽しみとして読むのが難しい。ただSNSで見かけたどなたかがリストされていた怪奇短編小説100選にマリアーナ・エンリケスの「戻ってくる子供たち」(『寝煙草の危険』所収)があげられていたりするし、このジャンルに括られうる好きな小説というのはたくさんあると思う。『迷いの谷』の中にも1編これは好きと思えるものがあった(そしてかなり怖かった。ブラックウッド「部屋の主」)。

『花殺し月の殺人』映画化で存在を知り読んだもの。パレスチナのジェノサイドに対する白人の無関心を横目の読書はいっそうしんどいものになった。この話をアーネストを主人公にして映画化することにもやはり白人の傲慢、見えてなさがよくあらわれているなと思った。かれら白人男性が白人の救世主と批判されず都合よく主人公にできるのがアーネストしかいなかったのだろう。映画の感想を見ると侵略者である白人が何をやったのかをきちんと描いているとしてわりと評判はよいようだが、監修を務めたオセージ族の人はやはり白人が主人公であることには批判を述べていた。配信に入ってもおそらく観ないと思う。

『ストーリーが世界を滅ぼす』はSNSで見かけておもしろそうと思ったのだが(まあ今はそれしかないぐらい情報を依存している)、言語学や人類学や人間の脳の仕組みや文学批評など分けて論じた方がよさそうなさまざまなレイヤーがごちゃまぜの印象もあり、ちょっとあまりよくないかなという気がした。ランダムな単語を暗記するにはストーリーに作り上げる方が効果的だみたいなことと道徳的な民話がコミュニティに果たす役割と米大統領選などで実際におこなわれた犬笛作戦のようなものとを同列に語ってもなんかあまり意味ないような…結局人類という種が仲間同士で情報交換をする方法というだけなんではみたいな話になりかねない。カラハリ砂漠の狩猟採集民族コイサン族の長老が子供たちに物語を聞かせている写真を出し、人間とは根源的に物語を語る動物なのだなどというくだりはあまりにも植民地主義丸出しで説得力も何もあったものではない。

検察側の証人』戯曲版。すごくおもしろい。女性を軽んじる家父長制社会を皮肉り逆手にとって得たいものを得、罰を与えもし、自らの責任もとる揺るぎなく強い自立した女性。おもしろかったのでトビー・ジョーンズ主演のBBCドラマ(前後編)も観たのだが、検察側の証人をあのように妖艶な小悪魔みたいなキャラクターにするとおもしろさが100%ほど減じるしアガサ・クリスティの冷徹な観察眼が台無しになるのではないか。それとも短編の方は未読なのだがそっちがもしかしてそんな感じなのだろうか。→短編を読んだので追記。膨らませたり削ったりの多少の異動はあったがほぼ同じ話だった。ドラマの改変はまったくもってよくない。蠱惑的な女に翻弄され人生を狂わせる男という、これまで山のように描かれてきた手垢のついた話に作り変えてしまっている。

10月の読書

読んだ本の数:4
読んだページ数:1467

シークレット・ヒストリー〈上〉 (扶桑社ミステリー)シークレット・ヒストリー〈上〉 (扶桑社ミステリー)
読了日:10月15日 著者:ドナ タート
シークレット・ヒストリー〈下〉 (扶桑社ミステリー)シークレット・ヒストリー〈下〉 (扶桑社ミステリー)
読了日:10月16日 著者:ドナ タート
書記バートルビー/漂流船 (光文社古典新訳文庫)書記バートルビー/漂流船 (光文社古典新訳文庫)
読了日:10月21日 著者:メルヴィル
ジョヴァンニの部屋 (白水Uブックス (57))ジョヴァンニの部屋 (白水Uブックス (57))
読了日:10月24日 著者:ジェームズ・ボールドウィン




『シークレット・ヒストリー』なんというか、刺さる年齢は中高生かなと思う、記憶の中の15の心が騒がしく掻き立てられた。ここではないどこか、こちらではないあちら、筋金入りの富裕層との間の到底越えることのできない壁、その向こう側への憧憬、渇望がリアル。なのだが全般的に食い足りない。衒学的なサークルという設定だけどアカデミックな会話や議論は多くなく、キャラクターの踏み込みも全員もの足りなくて900ページ読んでも区別がつきにくかった。クィア界隈で複数からこのタイトルを見かけたので読んでみたのだが、確かにクィアなキャラクターがおそらく複数いるものの1人を除けばおそらくとしか言いようがなくまたその1人もクィアネス由来の悲劇プロットをあてられるなどしており、1992年という刊行年の制約なのかなと思う。クィアを期待して読むと肩透かしかと。飽きずに読めたけど好きとか読んでよかったとかではない。読後感のいい話でもなく、食い足りなさもあいまって気分が持ち直すのに少し時間がかかった。いちばんの失望点は衒学的設定がたいして衒学的ではなかったところかな。アカデミックな空気を醸し出しきれておらず、次第に大学生活の中での若者たちのありがちないざこざになってしまう。

『書記バートルビー』はいろんなところで引用や言及を見すぎるので読んでおこうと思ったものなのだがなるほど読みがいがある物語。生の拒絶と言おうか。ネットで検索すると柴田元幸訳の全文がなぜか放送大学のPDF直リンクで読める。語り口がまったく違うのでお好みで。
書写人バートルビー ウォール街の物語 柴田元幸
https://info.ouj.ac.jp/~gaikokugo/meisaku07/eBook/bartleby_h.pdf

『ジョヴァンニの部屋』なんともしんどかった。古いのでよけいに、社会によりスティグマ化されたゲイ/バイセクシュアリティに悩み痛めつけられ苦しみ抜く話なので。そしてミソジニーがきつい。同性を性/愛の対象とするがそれは社会的に蔑まれ憎まれ承認されないことであるというジレンマ、相手が/自分が女でありさえすれば、という絶望がひっくり返ったものという側面もあるのだろうけど。
しかしジェームズ・ボールドウィンの邦訳状況は惨憺たる有様でほとんどすべて絶版なのではないだろうか。本人の著作ではないが『ジェイムズ・ボールドウィンアメリカ』というボールドウィンの著作・発言を跡づけつつ論じるアメリカ論的な2020年の著作が9月に翻訳されたばかりで、読みたいと思っているものの価格にやや怯む。

www.hakusuisha.co.jp

イスラエルパレスチナにやってきたこと、やっていることはジェノサイドだ。即時停止を

9月の読書

読んだ本の数:4
読んだページ数:1549

Aristotle and Dante Dive into the Waters of the World (English Edition)Aristotle and Dante Dive into the Waters of the World (English Edition)
読了日:09月07日 著者:Benjamin Alire Saenz
〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす: 正義の反対は別の正義か〈公正(フェアネス)〉を乗りこなす: 正義の反対は別の正義か
読了日:09月11日 著者:朱 喜哲
ホメーロスの イーリアス物語 (岩波少年文庫)ホメーロスの イーリアス物語 (岩波少年文庫)
読了日:09月12日 著者:バーバラ・レオニ・ピカード
The Song of AchillesThe Song of Achilles
読了日:09月16日 著者:Madeline Miller

今月はなんといってもイリアス。『アキレウスの歌』(お値段の関係で原書The Song οf Achilles)を読む前に元の話を知っておこうと思って岩波少年文庫1冊の手軽なものを選んだのだが、散文で現代語に起こした再話として定評があるものらしい。日本でイメージすると関ヶ原の合戦の場面だけの12時間時代劇みたいな感じかもしれない。戦闘の中で趨勢があり人間ドラマがあり手に汗握る一騎打ちがあり怒濤の進軍があり神がいずれかに力を与えたり削いだりする。ものすごく読ませる。この時代なのでとても残忍だし奴隷が戦利品としてやりとりされるし女性はひたすらか弱いし男のメンツで人が死ぬ(というかトロイア戦争自体がそれで始まって10年も戦い続けた)などもまあさておき、ちょっとした動作や心理の描写が非常にリアルで鮮やか。たとえば親友を殺してその鎧兜を身につけた敵を見つけたときに「怒りがふきあげてきて、思わず胸のあたりで手をぎゅっとにぎりしめた」というくだりなどはほんとうに秀逸だと思う。こういう表現が随所にちりばめられており、感嘆しっぱなしだった。

そしてイリアスを読んで臨んだThe Song of Achillesはこれまたクィアの古典の名に恥じぬすばらしい作品だった。最後はべそべそに泣いてしまった。イリアスのまさに行間を埋めるものという感じがするのは「都合のよさ」を感じさせないからだと思う。そうかあの時こんなことがあったのかなどと違和感なく得心できてしまう。原典を徹底的に読み込んでいるのだろうと思う。執筆に10年かかっているらしい、奇しくもトロイア戦争と同じ期間。『アキレウスの歌』はぜひどの版でもいいのでイリアスを読んでから読んでほしい。m/mロマンスを無理やり引っ張り出したのではないことがわかるし、物語とその結末を知ったうえで読むと、神の予言に支配されたモータルたちの物語をより切実に心に刻めると思う。

イリアスに関しては、偶然9月末に女性によるものとしては初めて(らしい)の英語全訳が出たばかりでとても気になっている。まさに正当かつ最高なことに、発売直前に訳者エミリー・ウィルソンに『アキレウスの歌』のマデリン・ミラーが質問を送るという体裁の記事が出ていてこれもまたおもしろかった。翻訳にあたっては韻文のリズムを取り戻す(既存の翻訳は散文が多いらしい)ことにこだわったこと、今の言語感覚だとよく意味がわからない場合も訳しすぎず直訳を使ったこと(遠い他文化としてあえて他者化する)などおもしろい話ばかり。クィア界隈にとって重要なアイコンであるアキレウスパトロクロスの関係性についてはどう解釈したかももちろん聞かれていて、詳しい話は解説に出し本文の方は意訳はしないように努めたと明かしている。クィア性を排除したということではなく、パトロキレス(と言っている笑)が恋人であるとはプラトンも言及しているしアイスキュロスも自作で恋人として描いているなど長い歴史があること、古代ギリシャでは性的接触は愛情や親密さと必ずしも結びついていないと考えられることなども話していてとても読み応えがあった。
エミリー・ウィルソン氏、パトロクロスの死を嘆いて涙しアキレウスには早い死の予言を伝えたアキレウスの2頭の不死の馬バリオスとクサントスのタトゥーを最近腕に入れたことも話しておりファンになるしかない(画像検索でタトゥーも確認した)。

lithub.com

Aristotle and Dante Dive into the Waters of the Worldは『アリとダンテ、世界の秘密を発見する』の続編でラストのその日というか翌日から始まる。引き続き語り手はアリで、それにしてもアリが家族や友達に心を開いていく話が主になっており、それはそれでよいのだが、前編では唯一無二の個性でアリの人生を変えたダンテのキャラクター、存在がほとんど感じられなくなってしまっている。序盤はよいのだがだんだんと文章が平板になっていく気がするのも少し残念かもしれない。また家族や友だちが理解がありすぎるというか、世界がそうならどれほどの命を救うかわからないしそうあってほしさもあるものの、さすがにここまでになるとご都合主義に見えてしまうラインを超えてるかな、と感じる。もしかしたらそれをあまりにもたくさんの人が台詞で言いすぎているのかもしれない。みな一様に同じ色合いの理解を示しすぎる。周囲に理解と愛がありすぎる問題は前編でもあるのだが、そうではない現実を生きる当事者を救うか、それとも疎外感に苛むか五分五分かもなという感じはある作品。あくまでも私の場合はだけど、理解し支えてくれる生涯の親友がひとりもいなくてもそれは孤独で寂しいことを意味しないという話があるといいなと思う。ダンテが実はそういう人物かもしれないと思えたのだが(ただ私なら持て余すだろう溺れるほどにあふれる両親の愛情に包まれて本人も両親に夢中だと言うような人なのだが、心を許せる友達はダンテはアリ以外にはいない。少なくとも描かれていない)、でもそれもこの続編を読んだ後だとキャラクター構築が十分に及んでいなくて描ききれていないだけなのかもしれないと感じる。前編ではダンテは「十分にメキシコ人ではない」自分に葛藤を抱えていることが垣間見えていて、それはダンテのアイデンティティの中でかなり大きな問題だったし、それがもう少し掘り下げられるとよかったと思うのだが、それは果たされないだけでなく、なんかこういってはあれだがひたすらアリに夢中で恋のためにすべてを捨ててかまわない人になっており、きらめきがだいぶ減じていたと思う。アリとダンテの話ではなかった。アリから見たアリとダンテを含むアリの話で、タイトルから想像できる感じの話ではなかったと思う。これは翻訳されている前編を激奨します。