時間対効果

「タイパ」という言葉を見聞きするようになったのはかなり最近なのだが、物事に対してわりとせっかちな私がちょうどそれとは逆のことを試そうと思っていたところだったので少し書いてみることにした。ちなみにGoogle Trendsで見ると「タイパ」が検索語に目立ってきたのは2022年の夏。だからどうということもないのだが、何?と思った人が出始めたのが1年半ほど前という感じのタームだ。文脈を読めば多くの人がすぐに「コスパ」から連想できる言葉と思われるので、おそらくこのずっと以前から使用例はあるだろうし、取り立てて「タイパ」と言わずとも「コスパ」に同様の意味合いが含まれている場合も多かっただろう。ふたたび、だからどうということもないのだが。

Google Trendsで「タイパ」を調べたグラフ。2022年8月22日〜9月3日時点を境に上昇、2023年6月末をピークに下降

なんで私がこれとは逆のことを試そうと思ったのかというと、もしかしてすでに書いているかもしれないのだが、本を第一言語である日本語で読んだときと学習言語である英語で読んだときとで頭に残っている記憶の濃さが段違いだということに気づいたからだ。英語では読むスピードが遅く、知らない単語を調べる必要があるし、意味が取れない文章は意味が取れるまでしつこく読んだりするので、そうやって時間をかけて読んだ方が私の場合はよく理解でき記憶にも残りやすいということなのだろう。日本語の小説だとだいたい1時間80ページ、読みやすければ100ページぐらいの読書スピードだったのだが、それは結局そのペースで読めるというよりも早く読んでしまいたい速度でしかなかったんじゃないか。「タイパ」に急かされて楽しみを半減か何減かしてきたのではないか。

子供の頃から疑問はすぐに何かしらで調べようとしがちで、たくさんの知識をできるだけ速く吸収したい欲が強い方だったが、Kindleを買ってから、そしてSNSに書くようになってからそれが強まったと思う。Kindleでは進捗を表示させることができる。読み終わるまで何時間、これと競うようにして読むようになってしまい、「タイパ」という言葉は知らなかったが同じ意味のことを頭では考えていた。進捗表示の弊害にはもう少し前に気づき、この数年は%表示のみにしている。何も表示させないこともできるが、今どのへんを読んでいるかは紙の本では自明なので電子でもそうしている。

それでも今読んでいるこの本を早く読み終わりたいという急いた気持ちは消すことができなかった。月に○冊ぐらいは読みたいとか、2日でこれを読み終わりたいとか、早く読んで感想を書こうとか、そういうことを考えることが多かった。なぜだろう、読みたいと思った本を読んでいて、おもしろい、好きと思える作品もたくさんあり、読書は楽しんでいるのだが、本を読んでいるあいだ頭のどこかでは「タイパ」的な性急さがはびこっている感じがいつもある。

この性急さから距離を置きたい、置こうと思ったのは年末。英語の方が記憶に残ることに気づいたのはおととしなので1年ほどぐねぐねとしていた。日本語で読むときも朗読するようなスピードで。行きつ戻りつするのもよい。詩のようなリズムを勝手に作って読んでもよい。章の区切れで一呼吸かもっと置く。ひと月、1年に読む冊数が減ってもよい。読む1冊の体験を分厚くしたい。と思いながら今ゆっくりとモアメド・ムブガル・サール『人類の深奥に秘められた記憶』を読んでいる。

が、読書をもっと堪能しようという話とは別に、なにやかにやと気が散ってなかなか読書に取りかかれない問題は依然あるのだった。